10月に入ると、人事・経理の担当者は年末調整の準備で一気に忙しくなります。毎年のように届くのが「この欄は何を書けばいいですか」「子どもがアルバイトを始めたけど扶養のままで大丈夫?」といった従業員からの問い合わせです。一件ずつは短くても、数が積み重なると本来の確認作業の時間を圧迫します。
正直総務・労務の担当者から知っている内容ばかりですが、実際他セクションの従業員はそこまで把握していません。また、従業員一人一人からすると簡単な内容だし、と思って問い合わせが行われますが、それが積み重なると負荷が大きくなるという業務の特徴があります。
しかも令和8年分は、基礎控除の引上げや扶養親族の所得要件の改正があり、例年以上に質問が増えることが予想されます。この記事では、ChatGPTやClaudeの「プロジェクト」機能を使い、国税庁資料と社内ルールを読み込ませた年末調整FAQボットを作る手順を解説します。
対象読者は、年末調整を担当する人事・労務・経理の実務担当者と、その管理職の方です。プログラミングの知識は不要です。
年末調整の問い合わせが生成AIと相性がよい理由
年末調整の問い合わせには、はっきりした特徴があります。質問の大半が「申告書の書き方」「控除の対象になるか」「提出期限はいつか」といった定型的な内容だという点です。
しかも回答の根拠は、国税庁の「年末調整のしかた」や記載例、そして社内の提出ルールにほぼ集約されます。根拠となる資料が決まっていて、質問のパターンが似ている業務は、生成AIに資料を読ませて一次回答させる使い方と非常に相性がよいのです。
一方で、個別の家族状況や所得の判断が絡む質問は、最終的に担当者の確認が欠かせません。そこで本記事では、AIに「一次回答と論点整理」を任せ、判断は人が行う分担を前提にしています。
令和8年分の年末調整の変更点と問い合わせ予測
FAQボットを作る前に、今年の改正点を押さえておきましょう。国税庁の「令和8年分 年末調整のしかた」では、昨年と比べて変わった点として次の項目が示されています。
| 改正項目 | 主な内容(国税庁資料より) | 想定される問い合わせ |
|---|---|---|
| 基礎控除の引上げ | 合計所得金額に応じて引上げ。例えば132万円以下の区分は95万円から104万円へ | 手取りはいつ増えるのか |
| 給与所得控除の最低保障額 | 65万円から74万円に引上げ | パート収入の上限は変わるのか |
| 扶養親族等の所得要件 | 扶養親族などの合計所得金額要件が58万円以下から62万円以下へ | 子どもや配偶者を扶養に入れられるか |
| 生命保険料控除の特例 | 23歳未満の扶養親族がいる場合、一般生命保険料控除の限度額を4万円から6万円に(令和8・9年分) | 保険料控除申告書の書き方 |
国税庁資料によると、これらの改正は令和8年12月1日に施行され、令和8年分以後の所得税に適用されます。そのため、12月に行う年末調整の際に改正後の基礎控除額で1年間の税額を計算し、それまでの源泉徴収税額と精算する流れになります。
詳細な金額区分や計算方法は、必ず国税庁の公式資料で確認してください。AIに読み込ませる資料も、この公式資料を基本にします。
ChatGPT・Claudeのプロジェクト機能で社内FAQを作る準備
FAQボットの土台には、ChatGPTの「プロジェクト」またはClaudeの「Projects」を使います。どちらも、資料ファイルと指示文(カスタム指示)をまとめて保存し、その範囲で会話できる機能です。
| 比較項目 | ChatGPT プロジェクト | Claude Projects |
|---|---|---|
| 資料の登録 | PDFや表計算ファイルなどを追加可能。上限ファイル数はプランで異なる | プロジェクトナレッジとして文書を追加可能 |
| 指示文 | プロジェクト専用の指示を設定可能 | プロジェクト専用の指示を設定可能 |
| 共有 | 招待やリンクで共有し、閲覧・編集の権限を設定 | TeamとEnterpriseで閲覧・編集の権限つき共有 |
| 学習への利用 | Business・Enterpriseなどは既定で学習対象外 | 法人向けプランの条件は公式情報を確認 |
上記は執筆時点(2026年10月)の各社ヘルプセンターの情報に基づきます。プラン構成や上限は変わることがあるため、導入前に公式サイトをご確認ください。
準備する資料は次の3種類です。
- 国税庁「令和8年分 年末調整のしかた」の変更点、記載例、年末調整Q&A(PDF)
- 社内の年末調整案内文(提出期限、提出方法、提出先、問い合わせ窓口)
- 過去に寄せられた質問と回答の一覧(個人名や個人情報は削除したもの)
年末調整FAQボットの構築手順
ここからは具体的な構築手順です。所要時間の目安は半日程度ですが、社内確認の期間は別に見込んでください。
- 会社が利用を認めている法人向けプランか、情報システム部門に確認する
- 新しいプロジェクトを作成し、名前を「令和8年分 年末調整FAQ」などにする
- 国税庁の公式PDFと社内案内文をアップロードする
- 過去の問い合わせ一覧から個人情報を削除し、質問と回答の形に整えて追加する
- 後述のプロンプト例をカスタム指示に設定する
- 担当者自身が20問程度の質問を投げ、回答の正確さと根拠の示し方をテストする
- 誤りがあった箇所は、指示文の修正か社内FAQ資料の追記で補う
- まずは人事・経理チーム内で使い、問題がなければ従業員向けに公開範囲を広げる
ポイントは、いきなり全社公開しないことです。最初は担当者が問い合わせに答える際の「下書き作成ツール」として使い、精度を確かめてから範囲を広げると安全です。
運用開始後の改善サイクル
FAQボットは、公開して終わりではありません。年末調整の期間中は、週に1回程度の見直しをおすすめします。具体的には、次のような流れで改善していきます。
- 担当者に回ってきた質問のうち、AIが答えられなかったものを記録する
- その質問と正しい回答を、社内FAQ資料に追記する
- 誤った回答が出た質問は、指示文に「この論点は担当者へ案内する」と追記する
- 提出期限の延長など社内ルールの変更は、案内文ファイルを差し替える
年末調整が終わったら、問い合わせの傾向を振り返り、翌年の案内文に反映させましょう。こうした記録が蓄積されるほど、翌年のFAQボットの精度は上がっていきます。
コピペで使える年末調整FAQ用プロンプト例
プロジェクトのカスタム指示に設定する文例です。社名や窓口名は自社に合わせて書き換えてください。
あなたは当社人事部の年末調整ヘルプデスクです。
従業員からの質問に、次のルールで回答してください。
1. 回答の根拠は、登録された国税庁資料と社内案内文のみとする。
2. 回答の最後に、根拠とした資料名と該当箇所を示す。
3. 資料に記載がない、または判断に個別事情が必要な場合は
推測で答えず「人事部の担当者に確認してください」と案内する。
4. 扶養に入れるかどうか等の最終判断は行わず、
確認すべき論点(年齢、合計所得金額の見込み等)を整理する。
5. 氏名、マイナンバー、家族の収入額などの入力は求めない。
6. 対象は令和8年分の年末調整とし、税額の計算は行わない。
7. 平易な日本語で、300字以内で回答する。また、従業員向けの案内文をAIに下書きさせるプロンプトも用意しておくと便利です。
登録された国税庁資料をもとに、令和8年分年末調整の
従業員向け案内文を作成してください。
・今年の主な変更点を3点、専門用語を使わずに説明
・提出期限:〇月〇日、提出方法:〇〇システム
・よくある記入ミスを3つ挙げる
・最後に問い合わせ窓口を記載
・全体で600字以内生成された案内文は、必ず担当者が公式資料と突き合わせてから配布してください。
回答イメージ(想定ケース)
例えば、従業員が「大学生の子どもがアルバイトをしています。扶養に入れたままで大丈夫ですか」と質問したとします。上記の指示を設定していれば、AIは扶養控除の可否を断定しません。代わりに、子どもの年齢、今年の給与収入の見込み、改正後の所得要件といった確認すべき論点を整理して示します。
そのうえで「最終的な判断は人事部の担当者にご確認ください」と案内する、という形が理想です。従業員は事前に論点を把握できるため、担当者とのやり取りも短く済みます。
導入時の注意点・リスク(個人情報とハルシネーション)
年末調整は、家族構成や収入、障害の有無など、非常に機微な個人情報を扱う業務です。生成AIを使う際は、次のリスクに特に注意してください。
- 個人情報の入力:マイナンバーや家族の収入額を入力しない運用を徹底する。マイナンバーは番号法で利用目的が厳しく限定されている
- 学習利用の設定:個人向けプランでは会話がモデル改善に使われる設定がある。法人向けプランの利用と設定確認を前提にする
- ハルシネーション:AIがもっともらしい誤答(事実と異なる回答)をすることがある。根拠の明示を指示し、断定的な税務判断はさせない
- 資料の鮮度:昨年の資料が混ざると改正前の金額で回答してしまう。令和8年分の資料だけを登録する
- 権限管理:編集権限は担当者に限定し、従業員は閲覧・質問のみにする
- 社内規程との整合:生成AI利用ガイドラインや個人情報取扱規程に沿っているか、事前に確認する
導入前のチェックリストとして、次の項目を確認しておくと安心です。
- 法人向けプランで、学習利用されない設定になっているか
- 登録資料に個人情報が含まれていないか
- 回答に根拠資料が示されるか、テストで確認したか
- AIが答えられない質問の連絡先が明記されているか
- 年末調整終了後にプロジェクトを整理する担当者が決まっているか
よくある質問(FAQ)
Q1. AIの回答が間違っていた場合、会社の責任になりますか?
社内ツールとして提供する以上、回答内容への責任は会社側にあると考えるべきです。そのため、AIの回答は「一次案内」と位置づけ、控除の可否など最終判断は担当者が行う旨を利用画面や案内文に明記しておきましょう。根拠資料の明示を指示しておくと、誤りにも気づきやすくなります。
Q2. 無料プランでもFAQボットは作れますか?
機能としては、無料プランでもプロジェクトを作れる場合があります。ただし、無料や個人向けプランは会話がモデル改善に使われる設定があるなど、業務利用の条件が法人向けと異なります。年末調整は機微な情報に近い業務のため、会社が契約する法人向けプランでの利用をおすすめします。
Q3. 年末調整ソフトやクラウド給与の機能との違いは何ですか?
年末調整ソフトは、申告書の入力や税額計算といった「処理」を担います。一方、生成AIのFAQボットは、入力前に従業員が抱く疑問に答える「案内」を担当します。役割が違うため、ソフトの操作マニュアルもAIに登録すれば、両者を組み合わせて問い合わせを減らせます。
まとめ:年末調整の問い合わせ対応は生成AIで「一次回答」から
年末調整の問い合わせは、質問パターンが似ていて根拠資料もはっきりしているため、生成AIの得意分野です。令和8年分は基礎控除の引上げや扶養親族の所得要件の改正があり、従業員の疑問も増えやすい年です。
まずは国税庁の公式資料と社内案内文をプロジェクトに登録し、担当者用の下書きツールとして試してみてください。個人情報を入力しない運用と、最終判断を人が行うルールさえ守れば、小さく始めて効果を確かめられます。次のアクションとして、今週中に過去の問い合わせ一覧を整理するところから始めましょう。
関連記事
参考リンク
- 国税庁:令和8年分 年末調整のしかた
- 国税庁:昨年と比べて変わった点(PDF)
- OpenAI Help Center:Projects in ChatGPT
- Claude Help Center:What are projects?
みなさんの業務が少しでも楽になることを祈って。
