はじめに
これからファンド経理を始める方向けに、VCファンド特有の会計処理を解説する本シリーズ。第1回では、ファンド(投資事業有限責任組合:LPS)の仕組みと、一般事業会社の経理とは異なる全体的な特徴についてお伝えしました。
第2回となる今回は、現在のファンド経理において**最も重要で、かつ実務負担が重いテーマである「未上場株式の時価評価(公正価値評価)」**について解説します。 近年、ルールが大きく変わった領域でもあるため、最新の動向を踏まえてしっかりと理解していきましょう。
1. なぜ今「時価評価」なのか?(制度改正の背景)

皆さんがもし一般事業会社で経理をされていた場合、自社が保有している非上場の関係会社株式は「取得原価(買ったときの値段)」でBS(貸借対照表)に計上していることが多いと思います。 実は、日本のVCファンドにおいても、長らくこの「取得原価評価」が主流でした(いわゆる通産省モデルなどと呼ばれます)。つまり、1株1万円で投資したスタートアップが、順調に成長して企業価値が100倍になっていたとしても、上場(IPO)や売却を果たすまでは帳簿上は「1万円」のままだったのです。(※著しく価値が毀損した場合は減損処理が行われます)
しかし、これには大きな問題がありました。 ファンドに資金を出しているLP(投資家)からすれば、「今現在、このファンドの資産価値はいくらになっているのか?」というリアルタイムの成績が財務諸表から読み取れなかったのです。特に海外の機関投資家からは「国際的な会計基準(US GAAPやIFRS)では時価評価が当たり前なのに、日本のVCファンドの決算書は不透明だ」という厳しい声が上がっていました。
こうした投資家の声や、国際的な基準との整合性を図るため、経済産業省が定める「投資事業有限責任組合会計規則」が改正されました。これにより、現在の日本のVCファンドでは、保有する未上場株式であっても期末ごとに「公正価値(時価)」を見積もって財務諸表に反映させることが原則となりました。
2. 「公正価値(時価)」とは何か?
上場企業であれば、証券取引所を見れば毎日の「株価(時価)」が一目でわかります。しかし、スタートアップのような未上場企業には市場価格がありません。では、どうやって時価を決めるのでしょうか。

会計基準における「公正価値」とは、平たく言えば「算定日において、市場参加者間で秩序ある取引が行われた場合に、その資産を売却して受け取ることができる価格(出口価格)」と定義されます。 「買ったときの値段」ではなく、「今、第三者に売るとしたらいくらで売れるか」を合理的に見積もる必要があるのです。
3. 時価を算定するためのグローバル・スタンダード「IPEVガイドライン」
市場価格のないスタートアップの価値を算定する際、世界中のVCファンドが拠り所にしているガイドラインが存在します。それが「IPEV(International Private Equity and Venture Capital Valuation)ガイドライン」です。
IPEVガイドラインでは、未上場株式の公正価値を算定するための複数の評価手法が示されており、ファンド経理担当者は投資先の状況に合わせてこれらを使い分けます。代表的な手法を2つ紹介します。
① 最近の投資価格(Price of Recent Investment)
スタートアップは資金調達のために、定期的に新しい投資家から資金を集めます(シリーズA、シリーズBなど)。この際、新しい投資家が「この会社は〇億円の価値がある」と合意して新株を引き受けます。 この「直近の増資時の株価」を、最も客観的な時価(公正価値)の証拠として採用する手法です。実務上、初期のスタートアップ評価において最もよく使われます。 ただし、「直近の調達から1年経過しており、事業計画が大幅に未達である」といった場合は、直近の株価をそのまま使うことはできず、価値を引き下げる(調整する)必要があります。
② 類似公開会社比較法(マルチプル法)
投資先のスタートアップと、事業内容や成長フェーズが似ている「上場企業」を探してきて、その上場企業の株価指標(売上高倍率やEBITDA倍率など)をベースに、未上場企業の価値を類推する手法です。 SaaS企業や、ある程度ビジネスモデルが確立して売上が立っているミドル〜レイターステージのスタートアップの評価でよく用いられます。
※なお、将来のキャッシュフローから価値を計算する「DCF法」という有名な手法もありますが、将来の予測が極めて困難なスタートアップにおいては、IPEVガイドラインでもあまり推奨されていません。
4. ファンド経理における時価評価の実務フロー
では、実際のファンド経理の現場では、どのように時価評価業務が進んでいくのでしょうか。四半期決算や年次決算のタイミングで、以下のようなフローで進みます。
- 投資先からの情報収集 経理担当者(またはキャピタリスト)が、投資先のスタートアップから月次・四半期の試算表やKPIの進捗データ、最新の事業計画などを回収します。
- 評価モデルの作成と算定 Excel等を用いて、各投資先の公正価値を計算します。直近の調達価格から変動要因はないか、類似の上場企業の株価が急落していないか等をチェックします。
- GP内での評価委員会の開催(承認プロセス) 経理担当者が作成した評価結果について、投資担当者(キャピタリスト)やGPの経営陣を交えた会議で議論し、最終的なファンドとしての時価(評価額)を決定します。
- 監査法人とのディスカッション 決定した時価評価の根拠(Excelシートや事業計画書)を監査法人に提出し、会計監査を受けます。「なぜこの類似会社を選んだのか?」「事業計画の達成可能性は高いと言えるのか?」など、厳しいチェックが入ります。
5. 会計処理のイメージと経理担当者の心構え
公正価値が決定したら、帳簿に反映(記帳)します。 例えば、1億円で取得した株式が、決算時に公正価値1億5,000万円と評価された場合の仕訳イメージは以下の通りです。

時価評価が反映される帳簿のイメージ
text(借方)投資有価証券 5,000万円 / (貸方)有価証券未実現評価益(※) 5,000万円
(※組合会計において、この評価益は損益計算書(PL)ではなく、貸借対照表(BS)の純資産の部に直接計上されるケースが一般的です。)
このようにして、現在のファンドの真の実力が決算書に反映されていきます。
時価評価の実務は、決して機械的な計算で終わるものではありません。「なぜその価値になったのか」を、投資家や監査法人に対して論理的に説明する「アカウンタビリティ(説明責任)」がファンド経理(GP)には強く求められます。
おわりに
第2回では、現在のファンド経理における最重要トピック「未上場株式の時価評価」について解説しました。「取得原価」から「公正価値」へというパラダイムシフトが起きており、ファンド経理担当者には企業価値評価(バリュエーション)の基礎知識が求められるようになっています。
次回、【第3回:特徴的な会計処理② キャピタルコールと分配(ウォーターフォール計算)】では、ファンド特有のダイナミックな資金の動きと、その会計処理・記帳方法について解説します。ファンド経理の「お金の出入り」の心臓部にあたる内容ですので、ぜひご期待ください!