はじめに
スタートアップ企業の成長を資金面から支え、社会に新たなイノベーションを生み出す「ベンチャーキャピタル(VC)」。昨今、国内でもスタートアップ投資への機運が高まっており、VCファンドの数も増加の一途を辿っています。それに伴い、バックオフィスである「ファンド経理」を担う人材のニーズも急激に高まっています。
しかし、いざファンド経理の担当になったとき、「一般事業会社の経理と何が違うのか?」「専門用語が多すぎて理解できない」と戸惑う方は少なくありません。 そこで本連載(全4回)では、これからファンド経理を始める方向けに、VCファンドの仕組みや特有の会計処理について、専門用語をわかりやすく紐解きながら解説していきます。
第1回目となる今回は、「VCファンドの概要と、一般事業会社とは異なる会計処理の特徴」 についての全体像をつかんでいきましょう。

VCファンドのエコシステム概要
1. VCファンドとは何か?(基礎知識)
会計処理を理解するためには、まず「ファンド(組合)」が法的にどのような仕組みで動いているのかを知る必要があります。日本のVCファンドの多くは、「投資事業有限責任組合(LPS:Limited Partnership for Investment)」 という法的形態をとっています。
LPSには、大きく分けて2つの登場人物が存在します。それが「GP」と「LP」です。
GP(無限責任組合員:General Partner)
ファンドを組成し、実際に投資先の選定や支援、ファンドの運営を行う「運用者」です。一般的にベンチャーキャピタルと呼ばれる会社がこのGPを務めます。「無限責任」という名の通り、組合の債務に対して最終的な責任を負う立場です。
LP(有限責任組合員:Limited Partner)
ファンドに資金を出資する「投資家」です。銀行などの金融機関、年金基金、事業会社、あるいは個人の富裕層などが該当します。彼らは投資先の選定やファンドの運営には口出しせず、あくまで資金を提供するだけであり、負う責任も「自分が出資した金額の範囲内(有限責任)」に限定されます。

なぜ「組合(LPS)」という形態が選ばれるのか?
わざわざ株式会社を作らずに「組合」という形態を選ぶ最大の理由は、「パススルー課税」 というメリットを享受するためです。 もしファンドを株式会社にしてしまうと、ファンド自体が利益を出した時に「法人税」がかかり、さらに投資家(株主)に配当を出した時にも税金がかかる「二重課税」が発生してしまいます。 しかし、組合(LPS)はあくまで「投資家たちが集まって作った契約の集合体」であり、法人格を持ちません。そのため、ファンド自体には税金がかからず、利益は直接LP(投資家)に分配され、LPの段階で一度だけ課税される仕組みになっています。これが「パススルー(素通り)」と呼ばれる所以です。
2. 一般事業会社の経理と「ファンド経理」の決定的な違い
それでは、一般企業の経理担当者がファンド経理に異動してきたと仮定して、どのような点にカルチャーショックを受けるのかを見ていきましょう。

① 「売上」という概念が存在しない
一般事業会社の損益計算書(PL)の一番上には必ず「売上高」がきます。しかし、ファンドには商品を作って売るビジネスモデルがないため、「営業収益(売上高)」という概念がありません。 ファンドの収益源泉は主に以下の2つです。
- キャピタルゲイン(有価証券売却益):投資先のスタートアップが上場(IPO)したり、M&Aで買収された際に株式を売却して得られる利益。
- インカムゲイン(受取配当金など):投資先からの配当(ただし、VC投資において配当が出るケースは稀です)。
これらを収益とし、そこからファンドの運営経費(監査報酬、弁護士費用など)やGPに支払う「管理報酬(Management Fee)」を差し引いたものが、ファンドの純利益となります。
② 組合財産の独立性と「分別管理」の徹底
ファンド経理で最も厳格に求められるのが「分別管理」です。GP(運用会社)自身の固有財産と、LPから集めたファンド(組合)の財産は、銀行口座も含めて完全に分けて管理しなければなりません。 「今月はGP本体の資金が厳しいから、少しだけファンドの口座から借りておこう」といった流用は、法的に厳格に禁止されており、重大な契約違反となります。そのため経理担当者は、入出金のたびに「これはGP固有の取引か?組合の取引か?」を明確に区別し、別々の会計ソフト(あるいは別の帳簿)で記帳していく必要があります。
③ 決算は「投資家への報告」が最大の目的
一般企業の決算は、税務署への申告や株主総会に向けたものが主ですが、ファンドの決算の主眼は**「出資してくれたLP(投資家)に対する運用成績の報告」です。 そのため、ファンド経理では単なる貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)だけでなく、「組合員持分明細表」** という特有の書類を作成します。これは、「A社(LP)の現在の出資残高と利益の取り分はいくらか」「B社(LP)はいくらか」という、投資家ごとの詳細な持分(残高)を計算する非常に重要な帳表です。
3. VCファンドの会計処理を規定するルール
では、ファンドの経理はどのような基準に従って帳簿をつけているのでしょうか。 一般企業であれば「企業会計基準」などに従いますが、投資事業有限責任組合(LPS)には、法律に基づく専用のルールが用意されています。それが**「投資事業有限責任組合会計規則」**です。
この規則は、経済産業省が定めるものであり、LPSの財務諸表の様式や、資産・負債の評価基準などが詳細に定められています。ファンド経理担当者は、通常の簿記の知識に加えて、この会計規則と、各ファンドのルールブックである「組合契約書」を読み解きながら日々の処理を行うことになります。
特にファンド実務においては、法律や会計基準以上に**「組合契約書(LPA:Limited Partnership Agreement)にどう書かれているか」**が絶対的なルールとなるケースが多々あります(例えば、後述する費用の負担割合や利益の分配順位など)。経理担当者にとって、契約書を正確に読み解くスキルは必須と言えます。
4. 近年のファンド会計における最大の潮流:「時価評価」の導入
ファンド経理を取り巻く環境は、現在大きな変革期を迎えています。その最大のテーマが**未上場株式の「時価(公正価値)評価」**の導入です。
これまで、日本のVCファンドが保有するスタートアップの株式(市場価格のない株式)は、原則として「取得原価(買ったときの値段)」でBSに計上されてきました。つまり、投資先がどんなに成長して企業価値が10倍になっていても、上場や売却を果たすまでは帳簿上は投資時の価値のまま据え置かれていたのです(価値が著しく下落した際の減損処理は行われます)。
しかし、国際的な会計基準との整合性や、投資家(LP)に対して「今現在、ファンドの価値はいくらなのか」をより透明性高く報告すべきだという要請から、日本でも近年、会計基準やLPS会計規則の改正が相次いで行われました。 これにより、現在のVCファンドでは、未上場株式であっても期末ごとに**「時価(公正価値)」を見積もって財務諸表に反映させること(時価評価)が原則**となりつつあります。
この「時価評価」こそが、現在のファンド経理において最も実務負担が重く、かつ高度な判断が求められる業務となっています。
5. ファンド経理担当者の1年(主なイベント)
最後に、ファンド経理担当者の年間を通じた業務のイメージを掴んでおきましょう。
- キャピタルコール(ドローダウン):投資先が見つかった際などに、LPに対して「〇月〇日までに指定口座へ出資金を振り込んでください」と請求をかける業務です。(詳しくは第3回で解説)
- 管理報酬の計上と支払い:GPに対する運用フィーである管理報酬を計算し、ファンド口座からGP口座へ支払いを行います。(詳しくは第4回で解説)
- 投資実行時の記帳:スタートアップの株式を引き受けた際の払込と、有価証券の計上を行います。
- 期末決算と時価評価:四半期末や事業年度末において、投資先の事業進捗や財務数値を収集し、未上場株式の時価評価(公正価値算定)を行います。
- 監査法人対応:作成した財務諸表や時価評価の根拠について、監査法人の会計監査を受けます。
- 分配業務(ウォーターフォール計算):投資先が上場・M&A等でエグジット(資金回収)した際、得られた現金をGPとLPの間で契約書のルール(ウォーターフォール)に従って計算し、分配・送金します。(詳しくは第3回で解説)
おわりに
第1回では、VCファンドの仕組みの全体像と、一般企業の経理とは異なるファンド特有のルールについて解説しました。 「パススルー事業体であること」「組合契約書が重視されること」、そして「未上場株式の時価評価が潮流になっていること」を押さえておけば、今後の学習が非常にスムーズになります。
次回、【第2回:特徴的な会計処理1 – 未上場株式の時価評価】 では、今回少しだけ触れた「未上場株の価値をどうやって決めるのか?(公正価値評価)」という、ファンド経理最大のハイライトについて、IPEVガイドラインなどの実務に触れながら詳しく解説していきます。お楽しみに!
